モータースポーツは、一般に考えられる以上に心臓の負担の大きいスポーツです。なぜレースが心臓に厳しいスポーツなのか、その理由をまとめてみましょう。
一般に安静時には、全身の筋肉に送られる血液のうち、約4分の1が上半身に送られ、4分の3が下半身に送られています。しかしドライビングで最も使用されるのは首や上肢など上半身の筋肉です。そのため上半身、つまり心臓より高いところにたくさんの血液を送る必要があります。心臓よりも高いところにたくさんの血液を送るためには、より高いポンプ機能、より高い血圧が必要です。また一方で下半身の動きは大きくなく、心臓より下に流れていった血液がうっ滞しやすい状況にあります。
静脈還流のしくみ
静脈還流・・・末梢へ流れて行った血液が心臓に戻る仕組みを考えてみましょう。
静脈還流を制御する因子には次のようなものがあります。
・重力や遠心力などの物理学的な外力
・静脈圧と右心房圧の差(心臓のポンプ機能による汲み上げ)
・平行して走る動脈の拍動や周りの筋肉の動き動脈が平均約100mmHgの高い圧力で積極的に血液を送り込むのに比べ、静脈血を汲み上げる心臓の吸引力は約10mmHgという弱い力に過ぎません。そのため、静脈の血液は周りの筋肉の動きや動脈の拍動により、マッサージされるようにして心臓に戻るようになっています。筋肉の動きが少ない場合には、静脈の戻りはゆっくりになります。歩いているよりもじっと立っている方がつらいのはこのためです。このような状況で血液をスムーズに循環させるためには、心臓から動脈へ送り出す際に、より高い駆動圧で送り出す必要があります。
また、静脈の血液は重力加速度などの物理学的な外力の影響も受けます。上半身へ行った血液は重力に従って心臓方向へ流れようとしますが、下半身に行った血液が心臓に戻るには、重力に逆らって心臓まで汲み上げることが必要になります。さらには、加減速や回旋によって生じる横Gによっても、静脈血の流れは影響を受けます。
このようにドライビングにおいては、ランニングなどの一般的な運動に比べて静脈還流が難しく、より高い血圧で循環を行わなければなりません。このため、心臓に高い負担を強いることになります。ドライビングに限らず、下半身の動きが少なく上半身の動作が大きい運動においては、より心臓への負担が大きく、心臓発作の原因になりやすいことが知られています。
☆ポイント☆ 上半身の運動が多い→心臓の負担が大きい
脱水
ドライビングの最もやっかいな問題は、熱による水分の喪失です。自覚症状のあるなしにかかわらず、レース中・レース後の選手は脱水状態にあります。脱水が進んでくると、血液は濃くなり粘稠(どろどろ、ねばりけが強い)になります。血液が粘稠になると、血流の抵抗が大きくなるため、心臓は高い血圧で血液を送り出さなければなりません。最悪の場合には、血液が濃くなり過ぎて細い血管がつまり、腎機能が低下したり、心筋梗塞や脳梗塞といった重大な疾患を引き起こす可能性もあります。これらはレース中の突然死の原因になります。
モータースポーツは想像以上に高い心拍数を必要とします。一般のスポーツでは、試合中の心拍数は1分間に約110〜130回です。しかしレースではより高い心拍数が記録されています。一般にマシンのスピードが速いほど心拍数は多くなる傾向があり、ふつうのレースで1分間に140〜170回(最大心拍数の約70〜80%)、F1クラスのレースでは160〜180回(最大心拍数の約90%)といわれています。このような高い心拍数をレースの間中続けることは、心筋の疲労をまねき、心臓にとって大きな負担になります。
一般のスポーツでは、心拍数を決めるのは酸素需要の大きさです。しかしレース中の心拍数が高い原因は、運動による酸素需要の増大だけではなく、交感神経刺激による影響が大きいと考えられています。短時間に膨大な情報を認識して判断・操作をしなければならないスポーツドライビングにおいては、高い集中力と意識を保つために、脳内から交感神経刺激物質が放出されていて、この物質には心拍数を高める働きがあるのです。これは中枢神経での高い情報処理能力を保つための反応で、いわゆる精神的なプレッシャーや恐怖感といった情動とはまた別の問題です。それらの精神的なストレスは、またさらに心臓に負担をかけることになります。また、交感神経刺激物質には、末梢血管を収縮し血圧を高める作用があります。このことがさらに心臓に大きな負担を強いることになります。
F1レベルになると、最大心拍数の約90%の心拍数で2時間も戦い続けることになり、マラソン選手に勝るとも劣らない心機能が要求されます。しかも、マラソン選手が1シーズンに戦うのは数レースに過ぎませんが、F1レーサーは2週に1度、この激しい戦いを続けなければなりません。これに見合った逞しい心臓を手にするためには、十分なトレーニングを行う必要があります。十分に心臓を鍛えておかないと、心筋も疲労し、十分な血液が全身に送れなくなるだけでなく、心筋にダメージを残す可能性があります。
☆ポイント☆ F1を目指すなら、マラソンランナーを越える心機能が必要!
2000.08.16