先日、イージス艦と漁船が衝突し、漁船の乗組員が行方不明になるといういたましい事故がありました。
遠い海の上のことで、交通事故とは関係ないようにも思えますが、いろいろな報道を見聞きしているうち、気になったことがあったので、ここで取り上げたいと思います。それは、地上の交通事故にも通じることで、視覚認知、あるいは錯覚の問題です。
運転を制御するために必要な情報は、視覚、聴覚、温痛覚、振動覚など、いわゆる五感を通して入ってきますが、その中でも重要な位置を占め、一番情報量の多いのが、視覚による情報です。この情報に間違いがあると、すなわち、運転を誤ることになります。しかし、視覚には、「だまし絵」などのように、同じものなのに違って見えたりすることがあり、人が思っているほど、確かではない場合があるのです。
そうした錯覚にだまされないためには、目から入ってきた情報を修正し、より正確に認識することが必要です。そのためには、錯覚の起こりやすい状況についての知識と、正確に判断する理性、そして経験が重要になるでしょう。
事故の状況
一方は漁船。事故当時、2人が乗船していた。母港を出港し、操業場所に向かって移動する途中で、他の漁船数隻と船団を組んで進行していた。
もう一方はイージス艦。ハワイ沖での訓練を終え、横須賀港に帰港するために移動中。甲板およびブリッジに監視員はいたが、自動操縦になっていて、急な回避行動のできない状況になっていた。
自動操縦で進行中のイージス艦に、漁船団が遭遇。他の数隻はイージス艦を回避したが、事故にあった船だけが衝突。漁船の左舷中央に、イージス艦の舳先が当たり、漁船は前後2つに割れる形で沈没した。
現場海域の状況
季節は2月、時刻は午前4時頃であり、まだ暗かったと思われる。天候は良好で、波も荒れていたようではない。特に視界が不良であったという情報はない。ちょうど、漁船が多く出て行く時間帯であったと思われる。
事故の責任は?
現場の状況からして、イージス艦側に漁船を回避する義務があったと指摘されています。漁船団の存在に気づきながら、適切な処置をとらなかったのが、衝突の直接の原因といって良いでしょう。また、交通量の多い海域にさしかかっていながら、自動操縦を続けていたことについても、認識不足であったと指摘されています。
一方、漁船の側にも、一部責任はあるでしょう。海上交通に関して、どちらがどのように回避するかなど、一定のルールはありますが、ともかく、関係する誰もが、事故回避のために最大限の努力をすること、が義務づけられています。これは、交通事故、あるいはレース中の事故に関しても同じことがいえます。
気になる証言とは?
この事故に関する報道を見聞きしていて、気になった発言がいくつかあります。
そのうちの1つは、イージス艦側の見張り員が、「漁船はイージス艦の後ろを通るため、問題ないと思った」と発言していることです。これは、イージス艦側が、漁船との距離感を見誤っていたことを示していると思います。
もう1つは、漁船団の他の船に乗っていた人が、「イージス艦とすれ違って初めて、相手が軍艦だと気づいて驚いた」と話していたことです。これは、漁船に乗っていた人には、イージス艦の船体が見えていなかったことを示しています。
視覚認知の誤り
イージス艦と漁船とでは、船の大きさがだいぶ違います。正確な大きさはわかりませんが、漁船が平屋の住宅なら、イージス艦はマンションみたいなものでしょう。そして、暗い海の上で、相手を認識する頼りは、船についている灯りに他なりませんが、この灯りは一般に、甲板より上についています。そしてこの甲板の高さが、イージス艦と漁船とではかなり違うでしょう。私は、このことが視覚認知の誤りを引き起こし、それが事故のひとつの誘因になったと考えています。
イージス艦の船体は、わざと見えにくい色に塗ってあるのですから、暗い夜には船体がほとんど見えなかったことでしょう。明るい時間帯で、大きな船体が見えていれば、何ともないことですが、暗い夜には、この灯りの位置を手がかりに、船体の位置を推測しなければなりません。見えているのは、船そのものではなく、船の灯りだけだということです。しかし、人間はしばしば、船の灯りを見て、船そのものを見たつもりになってしまいます。それが視覚認知の誤りです。
海の上に浮かんでいる漁船から、イージス艦の灯りを見ると、かなり高いところにあります。遠近法の関係で、高いところにある灯りは、遠くにある灯りとの見分けがつきません。あるいは、高いところにある灯りほど、遠くにあるような錯覚を覚えます。ですから、実際よりも、イージス艦との距離が開いていると錯覚していた可能性があると思います。漁船の立場からすると、思ったより近くにイージス艦がいたことになり、回避行動が遅れた可能性があります。
一方、イージス艦から漁船の灯りを見ると、かなり低いところにあり、見下ろすような格好になります。高いところにある灯りが遠くに見えるのと反対に、低いところにある灯りは、手前にあるように見えます。そのため、イージス艦の見張り員は、漁船を発見した時点で、漁船が実際よりも手前にあるように誤認してしまったのではないでしょうか。そのため、漁船がイージス艦の進路を横切る前に、自艦が先に通り過ぎる、と判断したのでしょう。
イージス艦側からすると、思ったより向こうに漁船がいたことになり、思わず衝突してしまったということなのではないでしょうか。
こうした錯覚は、交通事故でもしばしば報告されています。
たとえば、道路脇に止まっていたトレーラーの反射光を、遠くに走って(あるいは止まって)いる車と間違えて、その後ろに衝突してしまう事例。これは、上のイージス艦の事故と同様に、ライトの高さによる錯覚で、高い位置にあるライトが遠くに見えることと関係しています。
最近の大型車は、そうした追突事故を避けるため、車体より低い位置(後ろのタイヤの後方につり下げた形)にライトや反射板を設けているものが多くなっています。なるべく乗用車のライトと高さを同じにすることにより、錯覚による事故を減らそうという努力です。
また、車体の幅の狭い軽自動車を、遠くにいる車両と勘違いして、追突してしまう事例もあります。左右のライトの間隔が広いと、近くにあるように、間隔が狭いと、遠くにあるように見えることが原因です。
片方のライトが消えている自動車を、二輪車と勘違いして衝突してしまう事例もあります。車体そのものではなく、灯りを見てその姿を推測しているのに、車体そのものを見たつもりになっているのが原因です。
改善策は?
自衛艦の艦体に、それとわかるような派手な電飾でもつけておいたらどうでしょうか。別に、有事で出動しているわけでもないのですから、闇に紛れて航行する必要もないと思います。あるいは、現場を航行する漁船、漁協等に、「自衛艦が通りますから気をつけて下さい」というようなことを、時間帯あるいは日付だけでも、事前に連絡しておくのが親切というものでしょう。
人間の視覚認知には、上で述べたように、ある程度の錯覚がつきものです。それを補うために、レーダーなどの科学的な方法があるわけです。それを上手に活かしていくのが、人間の理性と知性であり、そのためには教育と訓練が欠かせないものと思います。
2008.04.13
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