先日、無免許の上、酒気帯びで運転していた暴走車が交通事故を起こし、マラソンランナーを目指していた9歳の男の子が亡くなるという事故がありました。テレビや新聞等でも大きく報道されたので、皆さんもよく覚えていることでしょう。
当時の報道では、死亡したのが将来有望な少年ランナーであったことや、加害者が無免許・飲酒運転を繰り返していたこと、危険運転致死罪に問えるかどうかということ、あるいはパトカーによる追跡方法に問題がなかったか、などについてさかんに議論がなされていました。
しかし、モータースポーツ医学の観点から考えて、ひじょうに大事な問題があるのですが、その点については全く論じられていませんでした。こんな悲しい事故を繰り返さないために、他では語られることのない問題点を、ここでは敢えて指摘していこうと思います。
事故の状況
被害車輌は3列シートのワンボックスカー。事故当時、運転者を含めて5人が乗車していた。
交差点に青信号で進入したところ、右方向から信号無視の車が突っ込んできて、被害車輌の右側面中央付近に激突。
その勢いで被害車輌はハーフスピンし、交差点脇の電柱に後方から衝突。その際、最後列のシートに座っていた9歳の男の子が車外に放り出されて死亡した。また、同乗者の3人も骨折などの重軽傷を負った。
信号無視で突っ込んできた車の運転手は、無免許の上、酒気帯び運転をしており、この事故の前にも無免許・飲酒運転で捕まっていた。また、この事故を起こす直前、蛇行運転をしているのを警戒中のパトカーかに発見され、停止を命じられ追跡されていたが、気づかずに危険な走行を続けていた。
道路の状況
信号機のある交差点。
季節は11月、時刻は午前5時頃であり、まだ暗かったと思われる。また、早朝ということで、交通量は少なかったと思われ、車のスピードがでやすい状況だったと考えられる。
関係者の責任は?
もちろん、無免許で危険運転をしていた容疑者には重い責任があることは間違いありません。
こうした事件があると、必ず、パトカーの追跡に関して、問題があったと指摘する声がありますが、危険運転をしている車両に停止を命令したり、それに応じない車輌を追跡したりするのは当然の職務ではないでしょうか。逆に、パトカーがこうした暴走車輌をただ見過ごしてしまえば、交通の秩序が保たれなくなってしまう危険性もあります。
また、走っている車同士の事故ですので、被害車輌の運転者にもわずかながら責任はあります。どんな場合でも、すべての運転者は、衝突などの事故を避けるように全力で努力しなければならないからです。もちろん、事故の状況を考えると、衝突を避けることはかなり困難だったと思います。ただ、少しでもスピードを控えるなど、できることもあったかもしれません。
しかし、誰が悪いかを議論しても、犯人を重い罪に罰しても、失われた命は決して帰ってきません。むしろ、この事故から得られる教訓を大切にするべきでしょう。
死亡の原因は?
いったい、この少年が死亡しなければならなかったのは、なぜなのでしょうか。
パトカーが、危険な車輌をもっと早く停止させていればよかったのでしょうか? こんな危険な運転をする人など、この世の中にいなければよかったのでしょうか? もう5分早く出発していればよかったのでしょうか? あるいは、もう5分遅く出発していればよかったのでしょうか?
交通事故にあったことのある人なら、きっとそんなことを繰り返し悔やんだことがあるでしょう。しかし、悲しいことですが、それでも事故は起こるのです。実際の交通の中では、突然、暴走車が突っ込んできたり、ビルから壁が落ちてきたり、横を走っているタンクローリーが転覆したり、何が起こるかわかりません。そんな時、一般の運転者ができることは、なるべく早く問題に気づいて減速をすることくらいでしょう。
ただ、ひとつだけ、簡単、確実にできることで、場合によっては確実に命を救える方法があります。それが、シートベルト(チャイルドシート、ジュニアシートなどの補助装置を含む)です。
この事故で、一番注目しなければならないのは、少年は最後部座席に乗っていて、車外に放り出され死亡しているということです。
その他の同乗者が骨折等の外傷で済んでいるのに対し、少年ひとりが死亡という重大な結果に陥ってしまったのは、シートベルトを正しく使用していなかったから、ではないでしょうか。普通にシートベルトを装着していれば、乗員が車外に放り出されることは、まずありません。この事故の場合、少年がシートベルトをしていなかったか、あるいは体格が小さいため、大人用のシートベルトが無効であり、ジュニアシートなどの使用が必要だったのに使用していなかったか、のいずれかに該当すると思われます。(このことに関しては、事実関係が報道されていないので推測です)
つまり、モータースポーツ医学的には、少年の直接の死因は、シートベルト非装着にあると判断せざるを得ません。
語られない問題点
では、なぜそんな重要なことが、全く報道されないのでしょうか?
それは、後部座席の同乗者がシートベルトをしていてもいなくても、罪には問われないからです。また、6歳未満の乳幼児にはチャイルドシートの使用が義務づけられましたが、それ以上の小児については、大人用のシートベルトが無効である可能性があるにも関わらず、チャイルドシートの使用が義務化されてはいません。
つまり、一般常識的には、この家族には何の落ち度もなかったため、問題点として指摘することはできないのです。
シートベルト義務、非義務の落とし穴
現在、シートベルトの装着が義務化されているのは、運転席と助手席だけです。そのため、後方の座席については、より安全性が高いため、シートベルトを装着しなくても良いのだ、という誤った認識が広まっているように思います。
しかし、今回の事故のように、後方から衝突する場合もあり、車の座席の中で、どの場所がより安全と言うことはできません。
気を付けて交通事故のニュースを見ていると、大人と子供が同乗していて交通事故に遭った場合、大人は軽傷だったのに、子供は重体だったり、死亡したり、というケースは少なくありません。ふつう、大人は前列の座席に座るため、シートベルトをしている確率が高いですが、後部座席の子供達は、ベルトをしていない場合が多いからだろう、と推測されます。
ではなぜ、後部座席のシートベルト装着は免除されているのでしょうか?
それは、現在発売されている乗用車は、ほとんどすべての車の後部座席に人数分のシートベルトがありますが、商用車など、一部には後部座席にシートベルトのないものがあるからです。3人掛けのところに2人分しかついていない場合もあります。
ではなぜ、シートベルトの定員分の設置は義務づけられていないのでしょうか?
シートベルトの設置をメーカーに義務づけることは、自動車業界に対する圧力になります。大手のメーカーはすぐに対応できても、中小のメーカーにとっては大きな負担になるでしょう。車は、1人で乗ることを目的に買う人もありますし、後部座席をはずしてしまう人さえいるのですから、もし後部座席に人が乗らないなら、後部座席にシートベルトは要らないのです。
そんなことで、今に至るまで、後部座席のシートベルト装着は、義務化されないままになっています。
また、6歳以上の小児の場合はどうでしょうか。
この年齢は、体格の個人差も大きいため、何歳だからどのシートを使わなければならない、というのは決めにくいのです。「義務だからつけています」と、体にあっていないシートをただ乗せていただけでは、実質的な意味がありませんし、そうかといって、それを取り締まるのは難しいことです。
また、育児中の家庭にとっては、チャイルドシートやジュニアシートを子供の人数分だけ用意しなければならないというのは、経済的に重い負担になりますし、もしかすると、車を買い換えないと乗せられないというような事態にもなりかねません。ですから、義務化には反対する声が多かったのかもしれません。それに、年長の子供になると、お友達の家の車に乗せてもらうような機会も多くなります。そうなると、外出時にはいちいちチャイルドシートを持ち歩くのか?というようなことになってしまい、法律で取り締まるのは断念せざるを得なかったのかもしれません。
結局、ジュニアシートがまだあまり普及していなかったこともあり、6歳以上の小児については、シートベルト補助具の使用が義務とはされませんでした。(身長140センチ以下の小学生くらいまでは、ジュニアシートなどの使用が望ましいと思われます)
したがって、今回の事故のように、後部座席に座っている6歳以上の子供の場合、法律的には何の問題もありません。しかし、運転席や助手席でシートベルトをしている大人に比べると、ひどく危険性は大きいのです。「捕まるから」とか、「義務だから」というのではなく、我が子の安全のために、ぜひともシートベルトを使用して欲しいですし、適切なチャイルドシートやジュニアシートなどを用意して欲しいと思います。
もちろん、シートベルトをしていても、死亡してしまう事故もあります。しかし、シートベルトをしていれば助かったのに、、という場合が少なくないのも事実です。(国際的には、全座席のシートベルト装着を義務化する方向に進んでいます)
流行の車ですが・・
ミニバンなどのワンボックスタイプの車が流行っています。特に、子供のいる家庭では、これが多いのではないでしょうか。実際、いろいろ工夫が凝らされていて、使い勝手が良く、ファミリーでの使用に向いていると思います。
ところが、こうした車は、一般のセダンタイプに比べて、窓面積が広く開放的なデザインにできています。今回の事故のように、衝突の際に乗員が投げ出される危険性は比較的高いと思います。
しかし、どうでしょうか? 屋根が高く、車内が広いせいか、車内を自由に子供が行き来したり、立ったまま乗っていたりする場合が少なくありません。いや、私が子供の頃は、そんな乗り方も当たり前だったのですが、今考えるととても怖いことだと思います。
大人の場合、死ぬほどの事故でなくても、つまりは、そんな大したスピードでぶつからなくても、体の小さい子供は窓から車外に放り出され、簡単に命を失ってしまうのです。それが、今回の事故から私達が学ぶべき、最大の教訓であると思います。
気を付けて交通事故のニュースを見ていると、大人と子供が同乗していて交通事故に遭った場合、大人は軽傷だったのに、子供は重体だったり、死亡したり、というケースは少なくありません。ふつう、大人は前列の座席に座るため、自然とシートベルトをしている場合が多く、後部座席の子供達はしていない場合が多いからです。
親にとって、子供の命というのはかけがえのないものです。一方で、交通事故というのは避けられない場合もあるのです。だからこそ、悲しい思いをする前に、できることをしておきませんか。
2004.08.05
追記
平成20年6月より、後部座席のシートベルト装着が義務化されました。今後は、上記のような悲しい事故は少なくなることでしょう。しかし、法律によって義務化されたから、形ばかり装着します、というのでは、シートベルトやチャイルドシートの本来の力は発揮できません。より正しく、安全に走行できるよう、チャイルドシートの使い分けなど、上手に道具を活かして欲しいと思います。
2008.06.02
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