若い選手がステップアップを目指す場合、金銭ではなく実力を手に入れるように努力すべきだ、という理想を述べました。しかし実際にはそう簡単に話は進まないのです。その理想を実現していくためには、どんなことが必要なのでしょうか?
スポンサーシップはどうあるべきか
「1000万円を持ってシートを探すよりは、1000万円分だけ自分の価値を高めなさい」というのが海外の教科書の常識です。しかしそうはいっても、実力のある選手、優れた結果を残した選手が正当に評価されず、いつまでもステップアップできないのでは仕方がありません。どんなに実力をつけて、どんなに飛び抜けた成績を残しても、やっぱり1000万円がないためにステップアップできないなら、体を鍛えることよりもお金を集めることに必死になるのは当然のことです。ですから、強い選手、速い選手に金銭的援助が得られる状況というのが、モータースポーツの発展のためにはぜひ必要です。
海外においては、ごく一部の大金持ちのおぼっちゃまを除けば、スポンサーの出資する対象は親類縁者ではありません。投資するにふさわしい魅力のある選手やチームが選ばれ、それに見合った経済的な効果が期待されています。
スポンサーをすることで企業や商品のイメージが高まり、選手も企業もお互いに経済的な利益が得られる、というのがモータースポーツにおけるスポンサーシップの理想です。スポンサーマネーは「もらったもの」ではなく「投資されたもの」であり、選手やチームはそれに見合った活躍・貢献をして、出資した企業に対し経済的な見返りを提供しなければなりません。となれば投資する側も、選手の実力をよく見極めようとします。そうして、実力のある選手にはよりステップアップの機会が増えることでしょう。もちろん速い選手もたくさんいるわけですから、その中でスポンサーを獲得するのはレース成績だけではないかもしれません。プラスアルファの部分として、その選手の人柄やイメージ、それまでの経歴なども関係してくるでしょう。
逆に、選手はスポンサーに対してそれなりのものを返さなければなりませんから、「せっかく乗せてもらったけど負けました、ごめんなさい」では済まされないのです。スポンサー企業のイメージを良くするような魅力を見せることで、「経済的な見返り」を提供することができなければ、得られるスポンサーマネーもないと思うべきです。高い成績を残すのはもちろんのこと、もし成績が振るわない場合でも、投資してよかったとスポンサー側が満足できるようなものを、全力を尽くして提供しなければなりません。それはスポンサーへのお愛想や挨拶だけではなく、たとえばスポーツマンとしての優れた姿勢であったり、誠実な人柄であったりしてもよいでしょう。
ファンの役割とは
こうした関係が成り立つために一番大切なことは、モータースポーツに対する社会の関心が高まり、投資している企業がそれなりの反響、経済的な見返りを得られることです。モータースポーツファンの存在は、スポンサー企業にとっての顧客として、間接的にモータースポーツを支える重要なポイントになっています。
具体的には、自動車やモータースポーツに関連のない、一般のメーカーや量販店などがモータースポーツに投資するようになる状況が望ましいのです。そうなって初めて、本当に能力のある選手が活躍できるようになるのでしょう。アメリカのモータースポーツには、生活用品や食品などの身近な企業が多くスポンサーとして参加しています。「日本のレースにスーパーや洗剤屋がスポンサーとしてついたらかっこ悪いだろう」などと書いたジャーナリストもいましたが、スポンサーに「かっこよく」してもらうのではなく、レースがスポンサーに対して「かっこよさ」を提供しなければなりません。モータースポーツファンがもっと幅広く増加し、それをターゲットにした企業がスポンサーとして参入するようになれば、「縁故」のないドライバーにもチャンスが巡ってくる確率は高くなるでしょう。
では、自動車関連以外の企業がモータースポーツに参入する場合に、支障になっているのは何でしょうか?それはモータースポーツの「反社会的」で「危険」なイメージです。多くのファンがそれは間違いであることを知っています。しかし現実にはまだまだ、モータースポーツは暴走行為や違法改造などのイメージで見られることが少なくありません。モータースポーツが広く世間の支持を得るためには、スポーツとしてのレースの魅力を理解してもらうことが必要だと思います。レースファンが「反社会的」な行動をとれば、ますますモータースポーツは社会から受け入れられないでしょう。そして多くの才能ある若者が、レースを諦めざるを得なくなってしまうのです。ファンももっと深くモータースポーツを理解し、その本当の魅力を伝えていけるように貢献したいものです。
私の書いたことは理想論に過ぎないかもしれません。でも、無理を承知で、それを述べることを許して欲しいと思います。というのも、日本ではほとんどモータースポーツのあり方や理想について論じられる機会がありません。海外にはたくさんの先輩達の記した書物があり、その中でモータースポーツとはどういうものなのか?というそれぞれの先達の考えに触れ、そのあるべき姿について知ることができます。今いるのがたとえ山裾であっても、目指す山の頂を知っているのと、行く先もわからずたださまよっているのでは大きく違うと思うのです。モータースポーツという山の頂きを目指す若者、特に才能ある若者には、お金がないという理由だけで、その道を諦めて欲しくないのです。
2000.12.12