女性ドライバーの運転を考える7

妊娠中の運転とシートベルト

 運転席と助手席におけるシートベルトの装着が、道路交通法で義務づけられていのは、皆様ご存じのとおり。最近では、6歳未満の児に対するチャイルドシートの装着も義務となりました。しかし一般に、「妊婦はシートベルトをしなくてよい」ことになっています。道路交通法で、『負傷若しくは障害のため又は妊娠中であることにより座席ベルトを装着することが療養上又は健康保持上適当でない者が自動車を運転するとき』には、その義務を免除されることになっているからです。

 文字通りに解釈すれば、妊婦がシートベルトをすることは健康保持上適当でないから装着しなくて良い、ということになりそうです。では、妊婦はシートベルトをしない方が良いのでしょうか?

法令の意図するところは?

 一般に法律というものは、弱い立場にある者の権利を守ることを目的として制定されます。そういう観点で上の条文を解釈すると、妊婦にシートベルト装着を義務づけたら、妊婦が不利益を被るかもしれないから免除してあげよう、ということになります。法律でそう決めているくらいなのだから、妊婦がシートベルトを装着するのは危険なのだろう、と思い込んでいる人も少なくありません。

 しかし、この法令はそこまで良心的ではないように思います。妊娠中というのは常に、どんな危険もあり得る状況です。たとえ車に乗らなくても、流産や死産、胎児の発育の遅れなどは、いつ、誰に起きても不思議ではなく、また、その原因が特定されない場合も少なくありません。一方、シートベルトが、いかなる妊婦に対しても安全だという絶対の保証もありません。そこでもし、すべての妊婦に一斉に、シートベルトの装着を義務づけたらどうなるでしょうか? 

 妊娠中に交通事故に遭い、母体は無事に助かったが、赤ちゃんは流産してしまった、などというケースもあり得るでしょう。その場合、シートベルトをしていなければ、母親自身が死亡または重傷を負った可能性が大きいとは思いますが、「もしシートベルトをしていなければ、赤ちゃんも助かったのでは?」と家族が考えてしまうのは仕方のないことかもしれません。そうなると、シートベルトの装着を義務づけている国側が、責任を問われることになりかねません。

 そうしたことを考えると、何も無理して妊婦にシートベルトを装着させる必要はないわけです。妊婦の数というのは、人口全体から考えればひじょうに少ないわけで、その分の交通事故死が多少増えたとしても、交通事故全体の中では微々たる数だし、行政は何の責任も負わなくて良いからです。

 つまりこの法令は、妊婦を守るためというよりは、むしろ行政側を守るために、妊婦という不安定な存在を保護対象から除外しているように感じられます。

妊娠中のシートベルト装着は安全か?

 では、実際問題として、妊婦がシートベルトを締めるのは安全なんでしょうか、どうなんでしょうか? 先にも述べたように、妊娠中に関してはどんなことであっても、絶対に安全、絶対に大丈夫、などということはありません。妊娠中のシートベルト装着により、一番問題視されるのが子宮破裂です。実際、交通事故で子宮破裂を起こす妊婦は少ないながらも実在します。(非妊娠時の交通事故でも、激しい衝撃のため、心臓や肝臓、腎臓、膀胱などの臓器が破裂を起こすケースは珍しくありません)この場合、胎児は死亡しますが、子宮破裂のみで母体が死に至る可能性は低く、受傷後の子宮再建、その後の再妊娠や出産も報告されています。また、これまでの経験で、一般のシートベルトを装着した場合、適切にシートベルトを使用していれば、母体や赤ちゃんに重大な影響が出る事例はほとんどないことがわかっています。

 逆に、シートベルトを装着しない場合はどうでしょうか?

 想像しがたいことですが、交通死亡事故のほとんどは、乗員が車外に放り出されることによって起きています。その場合、車外に落下した際の激しい衝撃で致命傷を負います。たとえ致命傷を負わなくても、他の車にはねられる可能性もあります。車内のダッシュボードなどに体全体を激突した場合も、重症となる可能性が高いでしょう。また、大きくなったお腹を強打した場合には、その衝撃そのものによって子宮破裂を起こす可能性もあります。

 こうした事故の際、母体が致命傷を負えば、胎児も助かりません。母体が重傷を負いながら、胎児だけが無傷で助かるケースがごく稀に無いわけではありませんが、むしろ母体を守ることが、その中に生きている胎児も守ることにつながります。

妊娠中の適切なシートベルト装着法

 子宮破裂は、適切なシートベルト装着により、避けることが可能です。では、妊婦はどのようにシートベルトを装着すればよいのでしょうか?

 シートベルトには、下腹部を横断する部分と、肩から腰に斜めにかかる部分があります。ベルトが、お腹のふくらみの上を横断していると危険です。下腹部を横断する部分は、骨盤から足の付け根の辺りを押さえるようにします。肩から斜めにかかる部分は、両乳の間から脇腹に通し、いずれもお腹のふくらみの上を圧迫しないようにします。

 装着する際には、まずゆっくりとシートベルトを十分に引き出し、バックルを留めます。その後、片手で下腹部にかかっているベルトをやや押し下げながら、もう一方の手で、バックルの上あたりでベルトを引いて軽くテンションをかけます。こうしてお腹の下にベルトをもぐり込ませ、足の付け根の辺りを押さえるようにします。そうすると、ベルトは膀胱と子宮のあいだ付近に当たるようになります。続いて、上の部分のベルトを、ゆったりと肩から脇腹に添わせます。現在の自動巻き取り式のシートベルトであれば、(精神的な圧迫感を除外すれば)健康上問題になるような圧迫は生じないはずです。

 衝突時には、体全体がシートから軽く浮き上がり、斜め前方に投げ出されるような格好になることが多いのです。ですから、上記のようにベルトを装着すれば、下腹部のベルトは骨盤から大腿の付け根を下方に固定し、肩のベルトは肩から胸を後方に固定するように働きます。2本のベルトの間にせり出した子宮は、衝撃から守られることになります。

妊婦のための補助装具

 主に下腹部のベルトを足の付け根の方に引き下げる目的で、補助的な装具も開発されています。これには、股間でベルトを引き下げるタイプと、太股の横でベルトを引き下げるタイプがあります。(具体的には、「マタニティ・シートベルト」で検索してみて下さい)いずれも、お尻の下に敷いた座布団状のものに、シートベルトを通すループがついていて、その位置でシートベルトを引き下げるようになっています。確かに、こうしたシステムを使用すれば、ベルトが大腿の付け根の方を横断して、下腹部を圧迫せず、快適であるように思えます。

 しかし、これらのシステムではいずれも、シートベルトを引き下げている支点がしっかり車体に固定されてはいません。ごく簡単にシート上に取り付けられていて、妊婦自身の体重で固定されている感じです。衝突時には、妊婦の体が前上方に投げ出されるような格好になるため、お尻が浮き上がり、体重はかからなくなります。そうした場合、お尻の下に敷いた座布団状のパーツは不安定化し、ベルトを引き下げている支点も宙に浮くと考えられます。そうなるとこのシステムは、ベルトを引き下げるという機能を十分に果たさないばかりか、ただ無駄にシートベルトの「遊び」を増やしているだけのように思えます。ですから、衝突時の安全性よりもむしろ、非衝突時の快適性を追求したい方には便利なグッズかもしれませんが、シートベルト本来の安全機能をより有効に活かしたい方にはあまりお薦めできません。それよりもむしろ、上で紹介したような妊婦用の装着法を徹底する方が良いでしょう。

 妊婦のシートベルト装着には、まだ開発工夫の余地があると思います。3点式シートベルトの支点の位置や可動性など、下腹部を圧迫せずにシートベルトを装着できる安全なシステムが、さらに研究されることを希望します。

2003.07.16