前回、10秒キャンペーンの趣旨と概略について説明しましたが、今回はそれを実現するに当たっての問題点と、現実的な対処方法を考えてみます。
ヘッドレストの現状
ヘッドレストの正式名称は、頭部後傾抑止装置といいます。衝突事故の際など、頭が後に反っくり返らない様にサポートするのがその使命です。
私が観察したところによれば、男性ドライバーのほぼ半分は、ヘッドレストが全く機能しない状態で運転しています。つまり、頭の重心がヘッドレストの上端よりも上に来ています。これでは衝突時に頭を支えるどころか、ヘッドレストによって首の後ろを強打することになり、わざわざ進んで「むちうち」を悪くしているようなものです。
男性ドライバーの残りの半分は、頭の重心がヘッドレストの高さにかかってはいますが、ヘッドレストの上端が頭のてっぺんより高い位置に来ている人はほとんどいません。
女性ドライバーの多くは、頭の重心がヘッドレストの範囲内に来ています。
また、女性ドライバーの一部では、頭のてっぺんより高いところにヘッドレストの上端が来ているケースがあります。ただし、これが理想的かというと、こういうドライバーは、まるでステアリングの陰に顔が隠れてしまって、前方の視界がひどく悪そうです。つまり、それくらい座高の低いドライバーでないと、ヘッドレストから頭がはみ出してしまうのが普通なのです。
すぐにできる対策は?
それでは、ヘッドレストを引き上げて調節すればいいのでしょうか?
確かにそうです。でも、試してみて下さい。ほとんどの人は、もうすでにヘッドレストを、多少なりとも引き上げて乗っています。それ以上に調節しようと思ったら、きっとヘッドレストが抜けてしまうでしょう。
ですから、このキャンペーンでも言っているとおり、「買うときに確かめる」のが一番適切な方法です。体に合う車なのかどうか、きちんどヘッドレストが機能するかどうかを、きちんと検証してから買いましょう、ということです。
しかし、街中を走っている車を見てわかるとおり、ほとんどの人にとっては、そのような理想的な日本車は存在しません。一般的な日本人の体格で考えた場合、ヘッドレストの上端が頭のてっぺんより上に来て、衝突時にもしっかりと衝撃を受けとめてくれそうな日本車はほとんど存在しない、ということです。外国産車の方が、体格の大きい外国人を対象につくられているために、わずかでも有利なように見えます。(しかし、外国ではより大柄な人達が利用するのですから、問題の根本は同じでしょう)
最近は、衝突時にヘッドレストが前方にせり出して、頭部の後傾をより積極的に抑止する様なシートもつくられています。しかし、それにしても、その高さが十分でないことには、かえって後傾部を強打することになり、せっかくの高機能もただのお飾りになってしまいます。
多くの人が悩まされている不幸な「むちうち」。これを減らすためには、きちんと頭部後傾を抑止できるシートやヘッドレストが、市販車に装着されることが重要と思われます。
なぜ適切な車がつくられないのか?
シートの背もたれの高さやヘッドレストの高さは、法律できめられた様式(旧運輸省の定めた規則)に則って正しくつくられています。座面からヘッドレスト上端までの高さなど、その寸法に関しては、細かい規則が設けられています。(ただ、残念なことに、後部座席へのヘッドレスト装着は、現在の処、義務づけられていません。)
ですから、各メーカーは基準に則って正しくつくっているものの、その基準となっている法律が、最先端の自動車安全の理論から考えれば力不足、あるいは時代遅れなのだと言わざるを得ません。
ではなぜ、そうした不十分な法律がいまだに適用されているのでしょうか。
自動車産業を取り巻く状況
その背景には、自動車安全よりも歩行者安全が優先されてきた、日本の自動車行政の体質があると考えられます。乗員を保護するための方策は、常に後回しにされてきたのです。また、自動車安全に関して、政策者、あるいは自動車業界自身も、まだまだ認識が不足しているのでしょう。
さらには、シートやヘッドレストの規格を変更しようとすると、メーカーは車のデザイン変更を迫られることになり、一時的に大きな負担となります。小さくする変更であればまだしも、大きくする変更というのは、材料的にも費用的にもかさむことになります。新たに、後部座席にもヘッドレストを装着しようとすれば、その分もまたさらに費用がかさみます。それはそのまま、自動車の販売価格の上昇につながり、特に中小の自動車メーカーにとっては大きな問題となるでしょう。
したがって、法律改正はすぐには難しいと思われます。
現実的な方策は?
自工会が独自に設計基準を検討しない限り、どんなにキャンペーンを展開しても、そのような車を手に入れることのできる人はほとんどいません。自動車会社が「最新の人間工学を取り入れて、人に優しい車をつくっています」というのであれば、当然このような問題は検討されてしかるべきだろうと思います。
また、むちうちのために病院通いを強いられれば、それだけ医療費もかさみます。ヘッドレストが正しく装着されれば、おそらくむちうちだけではなく、頚随損傷や頭部外傷による死傷も減少することでしょう。ヘッドレストの正しい装着で、それらの発症が多少なりとも予防できるのであれば、医療行政がもっと積極的に、この問題に取り組んでも良いのではないでしょうか?
さて、一般ユーザーはどのように対処したらいいのでしょう?
まずは、運転中はリクライニングを解除して、なるべくシートを起こします。そして、少なくともヘッドレストが首の後ろを強打しない程度に、ヘッドレストを高くしてみましょう。それではヘッドレストが抜けてしまって、あるいはぐらついてしまってどうもダメだという場合には、適切なシートを購入するという手段が残されています。運転者の体格にあわせて、シートをオーダーメイドする方法もあります。
また、運転中は(左右確認などのため、特に必要な場合を除いては)前傾姿勢にならないよう、背中を深くシートに押し当て、頭とヘッドレストの距離が常に4センチ以下に保たれるように心がけましょう。
ドライビングスクールを主催しているBob Bondurant先生は、その著書の中でこう書いています。
「運転がうまくなりたいなら、車を買って、まず最初にすべきことは、安いプラスチックのステアリングと安普請のシートを取り外すことだ」
世の中の善良な市民の中には、車は買ってきたままの状態で使うのが正しく、何らかの手を加えるのはすべて違法改造だ、と思いこんでいる人も少なくありません。しかし、安全のために、車の改造が必要な場合もあります。あなたの車のシートとヘッドレストは大丈夫ですか?
2002.11.13