今回はカンガルーバーの問題について考えてみます。
カンガルーバーについて
カンガルーバーというのは、少し前までよくRV車の前面に取り付けられていた金属製のバーのことで、ブルバー、グリルガードなどという名前でも呼ばれます。
これは本来、オーストラリアの大地を行く車が、カンガルーなどの野生動物にぶつかった際に、車が壊れないように守るための部品です。もし人里離れた荒野や砂漠の真ん中で、ラジエーターなどが破損して走行不能になると、乗員の命に関わるからです。人命保護優先のため、ぶつかったカンガルーの命については目をつぶり、犠牲になってもらいます。ほとんど人通りのない荒野や原野を走る車のための部品なのです。
ところが日本では、これが町中を平気で走り回っています。日本でも、公道走行中に動物に遭遇する危険性は皆無ではありませんが、車を損傷するほどの大型獣に出会う地域はごく限られます。また、たとえその場で走行不能になっても、それっきり孤立無援と言うことはまずないでしょう。したがってこのパーツは、実際には無用の長物でありながら、ただ外見の問題で取り付けられています。
なぜカンガルーバーが問題なのか?
最初に書いたように、これは衝突する相手の犠牲を前提として、車を守るのが目的です。人通りのない荒野では問題ありませんが、町中を走れば、ぶつかる相手はカンガルーではなく、歩行者や二輪車や車です。逆に車が故障して立ち往生したからといって、すぐに乗員の命に関わるような状況は、現在の日本では滅多にないでしょう。
衝突安全性を考えた場合、衝突のエネルギーを少しでも軽減する車が理想的です。衝突のエネルギーを、他のエネルギーに変えて消費してしまうのです。たとえば、ぶつかった部分のパーツが曲がったり、つぶれて変形したり、飛び散ったりすることにより、それに必要な物理的エネルギーが消費されます。またそのときに、一部のエネルギーは音や熱にも姿を変えて消費されます。
レーシングカーの場合は、ウィングなどのパーツなどが壊れ飛び散ることにより、クラッシュによって生じるエネルギーを消費し、ドライバーに加わる衝撃を軽減しています。そうして車を壊してでも、人命保護を優先するのが本当です。
ところがカンガルーバーは、ぶつかった相手の命よりも、車の保護を優先しています。強固な金属製のバーですから、簡単には変形しません。つまり衝突した相手に、そのまま衝突のエネルギーを伝えてしまうのです。時速数十キロの勢いで金属バットが飛んでくるようなもので、市街地を行くカンガルーバーは凶器という以外にありません。
また、取り付けられている位置が、人体を損傷し易いということもあります。一般乗用車のバンパーは、成人の脚に当たる高さに設定されています。その後、ボンネットに跳ね上げられたり地面にたたきつけられたりすることもありますが、第一衝突部位に最も大きなエネルギーが集中するわけで、それを脚の高さにしてあるのです。それは人間の手足が本来、クラッシュパーツとして衝撃を吸収する役目を担っているからです。
ところがカンガルーバーは、バンパーよりもやや高い位置でヒットし、大人であれば腰部から胸部、子供であれば頭を直撃するでしょう。そこに大きな衝撃が加われば、致命症となる確率は、脚に比べてひじょうに高くなります。カンガルーバーの存在により、中等症で済むはずが死亡になったり、全快するはずが後遺症を残すなど、交通外傷の重傷度が高まる可能性は大いにあるわけです。
カンガルーバー規制の動き
この問題については90年代の後半から消費者の関心が高まったために、現在、新車として発売されている車に金属製のバーを見ることはありません。樹脂製のグリルガードがその余韻として残っている車種もあります。
しかしこの問題は、ユーザーから「危険だ」という声が高まったために、メーカーが渋々デザインを変更したような経緯があり、多くのメーカーは、この部品が危険であるということを積極的に公表してはいません。
RV車ブームで、カンガルーバーを装着した車がどんどん売れる中、「危険なので作りません」としたメーカーは1社だけでした。その後、「危険なので樹脂製に変更します」と発表したメーカーが数社あります。しかし、それ以外のメーカーは特別のコメントをすることもなく、新発売の車から順にデザイン変更しただけです。また、こうしたパーツを大々的に売っていた社会的責任については口をつぐんでいます。
カンガルーバーは絶滅したか?
そうして数年前から、カンガルーバーが装着された新車は発売されなくなりました。しかし、カンガルーバーははたして絶滅したのでしょうか?
カンガルーバーを装着するような大型の四輪駆動車は値段が高いため、最近は中古車で買い求める人が多いようです。そうした中古車には当然、そのままカンガルーバーが装着されています。あるいは現在の樹脂製パーツを多用したデザインよりも、当時の金属的な外見の方が好まれているのかもしれません。依然として多くのRV車が、カンガルーバーを装着したまま町中を走行しています。危険性の告知や、回収・撤去の命令がないからです。
私が見たところ、装着が考えられるRV車の約半数には依然としてカンガルーバーがついているようです。地域にも拠ると思いますが、自家用車全体の数パーセントにも上がるのではないでしょうか。そして今日も、そうした車による人身事故が起こっているのです。これを全廃させることは、人命尊重の立場からも、交通外傷にかかる医療費を削減するためにも、意味のあることだと思います。
カンガルーバー撲滅のために
まずは、自動車メーカーがその危険性をはっきりと認め、ユーザーに告知することだと思います。
装着しているユーザーの中には、「たまたま買ったら付いてきた」という人も少なくないはずです。今まで何気なくつけていたが、危険性が高いのであれば外したいという人もあるでしょう。そうして、ユーザーが自主的に外すのが一番望ましいことです。
行政サイドの、ユーザーへの呼びかけや、中古車業界への指導なども期待したいところです。最も効果的なのは、カンガルーバーの装着を法律で規制し、装着している車を違反として取り締まることでしょう。
しかし、そのためにはまず、これが危険な部品であることをはっきりさせなければなりません。そうすると、それをつくっていたメーカーや、それを容認放置していた行政の責任にも触れることになるので、実際にはひどく難しいと思われます。
あるいは、カンガルーバーによって命を奪われた被害者の家族らが、「カンガルーバーによって被害が拡大した」としてメーカーを訴え、司法の判断を仰ぐという方法もあります。被害者にとって負担の大きいことではありますが、今後のことを思えば、そうした訴訟がぜひとも必要かもしれません。
2002.05.20